情景の万華鏡 記憶の千本ノック(舞台は栃木県佐野市)

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『ペペが子どもだった頃』(栗原秀行)

ご紹介します 

作者が還暦記念事業の一つとして時間をかけて完成させた原稿を携えて相談に訪れたのは、群馬県前橋市のDiPS.A (デジタル・プリント・ステーション朝日)でした。

原稿には、1960年代の栃木県佐野市を背景に、生まれてから中三までの子ども時代の日々が克明に描写されていました。

原稿を拝読し、本づくりのお手伝いをした、店長の自分史活用アドバイザー・藤井賢司さんに紹介してもらいました。

原稿を拝読して・・・

2020/6/10

本の仕上がりです

2020/6/10

読み終わって

藤井さんから、ご自身がお手伝いをされた自分史を何冊か紹介していただいたことがあります。「これはいいですよ」と本書を手渡されたときの微笑みは、自信作を意味するものと受け止めました。たしかに、ひとめでカバーの質感やイラストに手間がかかっているとわかります。ぜひ中身を読んでみたいと思ってお願いしてお借りしてきました。

読み始めて数行。たしかに藤井さんがおっしゃるように、その場面の情景が浮かび始めました。作者と私とでは、学年で4年違い、過ごした地域も同じ北関東の街なので、登場するモノ・ヒトの多くが自分ごとに投影しやすいのです。あれこれ空想が広がって簡単には読み進められなくなってしまいました。

石を投げて割れた近所のガラス。銭湯のフルーツ牛乳。扁桃腺の手術。池の水を抜いての魚とり。父にしがみつくスクーターの後部席。・・・・・
作者の体験談につつかれて、私自身のぼけていたシーンもピントがあってきます。

なかなかもう一度順を追って読み返すという機会はないだろうから、「あとでここはもう一度読み返したい」と思うところには付箋をつけておくことにしました。

あとから親に聞いて知った自分が生まれた時のこと、自分自身の最初の記憶に始まり、中学3年生までの子ども時代が万華鏡にように描かれていきます。

これほど細かなことをどうやって思い出せたのかという疑問もわいてきます。目次を振り返ってみて、なるほどと思うことがありました。

ふだん意識に上る記憶というのは限られていますが、本当は脳にはかなりの量がしまい込まれているはずです。ふだんは水面下に隠れて表に出てこないのでしょう。そこに、いつもなら考えないような素材をつかってあれやこれやを問いかけて脳に負荷を与えると、記憶が染み出てくるのではないでしょうか。

父母、祖父祖母、親族。友達、その両親。近所の人、先生、医師、・・・数え上げたら百人以上の人物が登場しているに違いありません。

そして、身の回りのモノ、全体地図を思い浮かべられるほどの店、広場、通り。遊びから病気までの場面。一枚の写真からは、その枠外まで記憶がよみがえり想像が広がります。

さて、どうして作者はこの自分史を、このかたちで作る決断をされたのでしょうか。
本文中では、父母世代、同じ世代で亡くなった方の話が、思い出としてあるいは最近になっての出来事として語られます。つながっていく命の証を残すことは、子ども時代から死に肉薄する体験の積み重ねの延長ではあたりまえのことだったのかもしれません。
最終章の最後では予科練に進んだお父さんと平和な戦後を生きたご自身との時代を比較します。あとがきでは自身を「ぺぺ」と呼ぶお孫さんたちの未来を祈って幕が閉じます。

そしてさらに、縦につながる人の連なりから切り出した15年の物語は、私のように同時代を過ごした横方向にも共感を広げてくれるものになりました。この本は、読者である私にも命を問いかけてくれているのです。

文責:自分史カフェ 本間浩一

この本は・・・

著者 栗原秀行 昭和32年(1957)、栃木県佐野市生まれ
発行 平成30年1月9日

印刷 朝日印刷工業株式会社

参考資料 NHK番組「わたしが子どもだったころ

読みたいときは

群馬県前橋市のデジタルプリントステーションの店頭に展示されています。

2017,2018年に開催されたイベント「自分史フェスティバル in 前橋」の会場です。このイベントがきっかけで本づくりが進みました。

DiPS.Aでは、これまでここで本づくりのお手伝いをした自分史を閲覧することができます。

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